健康保険が適応される白内障手術では「単焦点眼内レンズ」を挿入します。
単焦点眼内レンズの焦点(ピント)は一点であり、鮮明に見えるという長所があります。ただし、遠方にピントを合わせた眼内レンズを挿入した場合は近用メガネが必要になり、逆に近方にピントを合わせた場合は常用メガネが必要になります。
単焦点眼内レンズでは術後にもメガネが必要ですが、近年、メガネに頼らずに生活したいとご希望の方に「多焦点眼内レンズ」が続々と登場しています。
多焦点眼内レンズは遠方と近方のどちらにもピントが合っているため、遠近両用メガネとは違って視線や顔の向きを変える必要がなく、遠景と近景が重なっている場合でもどちらも見ることができます。
多焦点眼内レンズは構造が複雑なため、脳がレンズを通して得られる像に順応するまで少し時間がかかります。そのため単焦点眼内レンズに比べて、手術後の視力回復は遅い傾向にあります。
また、その複雑なレンズ構造のために、単焦点眼内レンズに比べると暗所で光がぼんやり見える現象(ハロー)や、光がぎらついて見える現象(グレア)が発生し、コントラスト感度(見え方の質)が低下したり、夜間運転時に見づらいなどの症状が起こりますが、徐々に慣れてきます。ただし少数例ですが、waxy vision(モアッとした見え方)により遠方も近方もよく見えず、どうしても多焦点眼内レンズの見え方に慣れない方もいらっしゃいます。
多焦点眼内レンズは全くメガネが不要になるというわけではありません。日常生活のほとんどの場面でメガネなしで生活されている方は約7割と報告されています。
以下の全ての条件に当てはまる方は、適しています。
以下のいずれかの条件に当てはまる方は、不適応です。
多焦点眼内レンズには様々な種類があり、ライフスタイルに合わせて最適なレンズを選択します。
ここでは当院で採用しているタイプをご紹介します。
光学部表面に回折格子が刻まれており、光の回折現象を利用して光を複数の焦点に振り分けています。従来からある2焦点(遠近、あるいは遠中)のものと、最近では3焦点(遠中近)のものとがあります。
新しく開発されたタイプで、EDoFと呼ばれ、焦点を結ぶ範囲が広いレンズです。
光を2つの焦点に振り分けることなく、見える範囲を広げますので、遠方から中間までの見え方が自然で、より単焦点レンズに近い見え方になります。
見え方に対する乱視の影響も回折型に比べて少ないです。ただし、近くの見え方は十分ではありません。
当院で扱っている多焦点眼内レンズを術後に見やすくなる距離で分類しますと
術後の見え方の質(はっきり見えること)が最も重要とお考えで、メガネの装用に抵抗がないなら、単焦点眼内レンズが最適です。
遠方にピントを合わせた場合でも遠くから足元までは鮮明に見えます。
テニス、ゴルフなどのスポーツを楽しんだり、アクティブに行動したい、長時間のパソコン作業をする、楽器演奏で楽譜を見るにはEDoF、あるいは遠中の回折型2焦点レンズが適しており、40〜60歳の男性に多いです。
特に夜間にも車の運転をよくするなどの方には遠中の回折型2焦点レンズが最適です。ただし、スマホを見たり読書したりするにはメガネが必要になります。
遠くから近くまで全ての距離を裸眼で過ごしたい、夜間に車の運転はあまりしない方には、遠中近の回折型3焦点レンズ、あるいはEDoFと遠近の回折型2焦点とのハイブリッド型レンズが適しています。
ただし、コントラスト感度はEDoFや回折型2焦点の遠中タイプよりやや低下します。
モノビジョンとは、利き目を遠方に合わせ、非利き目を中間〜近方に合わせる老視矯正方法です。
両眼で見ると、遠くから中間あるいは近くまで見やすくなります。この方法を眼内レンズに応用すれば、裸眼で見やすくなる距離が広くなります。
特に、両眼にEDoF眼内レンズを入れると、非利き目を少しだけ近方寄りにするだけで、遠くから近くまで見やすくなります。単焦点眼内レンズでも以下のように適応のある人には可能ですが、左右差を大きくする必要があります。
ご年配の中には、裸眼あるいは単焦点のメガネなのに、遠くも近くも見える方がいらっしゃいます。
この方の目はモノビジョンになっていることが多く、眼内レンズをモノビジョンで合わせても違和感がなく、満足度も高いです。
一方、遠くも近くも利き目を使っている方はモノビジョンで左右を上手く使い分けられずに、違和感を強く感じて眼精疲労を訴えます。また上下斜位があったり斜視角が大きい外斜位でも、両眼視機能が低下したり斜位が顕在化するため、モノビジョンはお勧めしません。
左右差を大きくすると、立体視などの両眼視機能が低下します。
そのため、低照度での精密作業や夜間運転を長時間行う方、神経質な方には向いていません。